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戦艦大和と連合艦隊終焉の地の旅 ~江田島編①~ [軍艦]

翌日9日。予定では今日行くことになると思っていたところを昨日行けていたのでスケジュール的には余裕があったものの、前倒しにすることに越したことは無いので、早速7時チェックアウトで出発。目指すは江田島。

江田島といってもご存知のない方が多いでしょうが、呉市の西に浮かぶ大きな島です。ここは戦時中海軍の兵学校があったところで海軍に関係が深いところです。

そして終戦間近のとき、油が無くなり動くことの出来なくなった日本海軍の生き残り艦艇がこの沿岸で空襲により次々に大破、浅瀬のため着底して終戦を迎えた地です。事実上連合艦隊終焉の地と言えるところな訳です。そこを一度訪れてみたいと思っていました。あらかじめ大破着底した写真をもとに地図であたりをつけて資料を持参していましたので、それをもとに訪れる旅です。

最初に訪れたのは重巡洋艦「青葉」終焉の地。一番呉市に近い海岸です。

実に穏やかな海。ここで「青葉」はこの姿で終戦を迎えました。被弾により艦尾を切断されるという大損害を受けてなお空を指す主砲が善戦を物語ります。

このとき、ふと目を遠くにやると、そこには海上自衛隊の輸送艦「おおすみ」型が停泊していました。そのフォルムが空母に似ていることから物議をかもし出した艦ですが純粋に輸送艦です。

ここを離れ、音戸大橋という大きなループ橋を渡りきってから江田島の東へ。東の海上には情島という小島があり、そこは戦艦「日向」が大破着底したところです。

戦艦日向といえば、艦尾を水上機専用の飛行甲板に改装し、「航空戦艦」と呼ばれたことで有名です。その最期はこんな様子でした。

情島のすぐそばで大破。自慢の飛行甲板は大ダメージを受けて風穴が開くほどの被害を受けています。なんとも物悲しい姿・・・・

次は、「日向」の同型艦「伊勢」終焉の地。再び江田島の海岸を北へ戻ったところです。

 

穏やかな瀬戸内の海です。遠くに輸送艦「おおすみ」型が二隻見えます。その伊勢の最期はこんな様子でした。

次は空母「天城」終焉の地。日本が最後に量産した型の空母ですが、完成したときにはすでに飛行機も無く、活躍の場は無かった悲運の空母。終戦間際には、江田島に隣接する三子島という島の一部に艤装すべく、島との間に網を張り、そこに木を張るというその場しのぎの対策で係留されていました。しかし写真で判るようにそんなものでどうにかなるわけも無く、下写真の姿で終戦を迎えています。当時珍しいカラー写真です。ものの見事に横転・・・

その今の三子島の様子ですが、見ての通り真っ白いもので埋まっています。おそらくは岩塩? この場所で天城は横転していまった訳ですが、当時からこの島は隔離病棟などがある島だったようです。衛星写真で見ても、この島は真っ白に見えます。

旅はまだまだ続きますが先を急ぎます。何故かというと、この先に時間が決まっているイベントがあったからです。(つづく)


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